Interview04 不二門 尚

視覚をサポートする『人工網膜』を、より身近な存在へ
独自方式の人工網膜は実用化に向けて「リハビリテーション」が重要な段階に。機械である人工網膜が、より身体の一部となるために、認知脳システム学の共同研究が鍵となる。
不二門 尚(大阪大学大学院 医学系研究科 教授)

BMI(Brain-Machine Interface)とは

49極ある刺激電極表面を多孔処理し表面積を広げて性能を改善した。
49極ある刺激電極表面を多孔処理し表面積を広げて性能を改善した。

簡単に言うと、脳と機械を繋いで機械が人間の機能の一部を代行し、生活の質を上げるシステムをすべてBrain-Machine Interfaceと呼んでいます。それらは運動系と感覚系に分けられるのですが、運動系のBMIはALS(筋萎縮性側索硬化症)や脳卒中などで手足が動かせない場合に他の機械を使って運動代行を行うというものです。対して感覚系の方は至ってシンプルで、音だったらマイクロフォン、視覚だったらCCDカメラを使って得られた情報をコンピューターで処理し、目の場合は網膜、聴覚の場合は聴神経とリンクする内耳を介して人工的な光や音を認識できるようにします。

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人工網膜とSTS方式の利点

体内デバイス。受信した電力・画像データが、ケーブルを介して刺激電極に伝えられる。
体内デバイス。受信した電力・画像データが、ケーブルを介して刺激電極に伝えられる。
各国の刺激電極設置方法の違い
各国の刺激電極設置方法の違い

まず、我々が開発している人工網膜は、CCDカメラの映像がコンピューター処理されて体外のコイルから体内のコイルを通して伝送され、その電流が電極を通して網膜を刺激することで光の認識へと繋がるというものです。これは神経のすべてを失ってしまうと適応できないのですが、生きている神経があればそれにアプローチできます。

ここで、その電極の設置方法には各国で違いがあって、アメリカのグループは網膜の上に電極を置く網膜上刺激型、ドイツのグループは網膜の下に電極を置く網膜下刺激型という方式です。我々は世界でも後発グループなのですが、脈絡膜上経網膜電気刺激方式 (Suprachoroidal Transretinal Stimulation 以下STS方式)という網膜のもっと下にある 「脈絡膜」という部分の下に電極を置く独自の方法を採っています。これは電極の固定がとても良く、安全性と安定性の面でもリスクを軽減できるというのが大きなメリットであり、実現性も高い方式だと考えています。また今後期待の多い再生医療に関しても、我々は網膜に触れていないという点で適合しやすいと思います。

さらに実用化の面で言いますと、アメリカ製は既に1千万円くらいの価格で市販されているのですが、アメリカ人の骨格をベースに作られているため、目の周りに大きな機具を取り付けることを考えると日本人の顔の作りには少し不向きなのです。大きな電極を眼球の中に入れるということは、手術でかなり大きな傷口を作ることになり、そこから炎症や結膜を痛めるなどの合併症も起きるのではという懸念もあります。電極はビス一つで取り付けますので、顔や目をぶつける等の日常的なアクシデントで簡単に駄目になってしまう場合もあるというのもリスクです。そういったことから「安定性」や「安全性」は非常に重要で、そのためにも今後は人種に関わらず使用できる小さなデバイスが必要だと考えています。

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現在の視覚認知のレベルについて

周辺視野を拡大することにより、歩行が可能となる第3世代人工網膜の開発。
周辺視野を拡大することにより、歩行が可能となる第3世代人工網膜の開発。

人工網膜で自然な状態と同様に見える所までは、かなり難しいのが現状です。現段階では 「色」が表現できず、大体の「物の輪郭」が判るぐらいです。今の技術の延長線上で言えば、残っている神経を生かして視野を少しでも広げてあげられるようになることも目下の目標です。そしてシステムをサポートするための「リハビリテーション」が不可欠です。頭の動きと身体の動き、目の動きのズレを軽減するように微調整を行いながら、日常生活に役立つ様にトレーニングすることが大事です。

もうひとつ「顔認識」の研究も進んでいて、人工網膜と内耳からの音声情報を使って視覚を助けることで、物への認識へと繋げて行くというものですね。視覚で得られる大まかな情報と、ディテールを伝える聴覚の両方からのアプローチで、認識レベルをあげていこうという試みです。人工網膜を身体の一部とすることで、少しでも生活の質を改善するサポートができるようになれたらと考えています。

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未来戦略機構の活動で期待していること

GCOE(大阪大学グローバルCOE「認知脳理解に基づく未来工学創成」)の頃は、まだデバイスの開発に精一杯でしたが、未来戦略機構になってからは、今まさに重要視しているリハビリテーションの分野を、他の研究者とのコラボレーションや緊密にディスカッションを重ねることで、もっと向上していけるのではないかと思っています。例えば、メンバーの北澤先生にはタッチパネルを用いた「視標位置の認識トレーニング」でご協力いただいています。これは被験者が見えた場所をタッチするのですが、もしズレた位置を認識してタッチした場合、音声で「もっと下だよ」などの情報をフィードバックして誘導します。そのような実際に体感として学習していくことで、リハビリテーションが向上することを目指しています。

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「人と親和性のある情報・機械システム」とは?

やはり「機械」というと、イメージとしては非常に堅いですよね(笑)。ですが近年ではずいぶん小型化や柔軟性も増して、それらを安全に体内に埋め込むことができるというのは、まず人との親和性のある機械システムであると考えます。もうひとつ重要なのが、人間が持っている本来の機能との融合ですね。備わっている自然の機能も活かしながら、欠けている部分を補うことができるというのが理想です。僕たち臨床医というのは常に患者さんから多くのことを学ばせてもらっています。時間をかけてでも、それらを積み重ねていくことで、患者さんの助けになる選択肢をひとつでも増やしていく、というのが我々のモチベーションになっているのです。

不二門 尚

不二門 尚 Fujikado Takashi

大阪大学大学院 教授。
医学系研究科・医用工学講座・感覚機能形成学。1978年、東京大学工学部応用物理学修士修了。82年、大阪大学医学部卒。92年、大阪大学医学部眼科助手。96年、大阪大学医学部眼科講師。98年、大阪大学医学部器官機能形成学教授(眼科兼担)。01年より現職。

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